許しのかたち - 体験談集

組織改革への抵抗が生んだ古参社員との確執:失われた信頼と経営者がたどり着いた許し

Tags: 許し, 組織改革, 経営, 人間関係, 信頼, 古参社員

組織の成長痛と向き合う:経営者が抱える複雑な感情

ビジネスを取り巻く環境は常に変化しており、組織もまた、時代の流れに合わせて進化し続ける必要があります。その過程で避けて通れないのが、組織改革です。新しい仕組みや価値観の導入は、時に長年組織を支えてきた人々との間に軋轢を生むことがあります。特に、創業期や会社の黎明期から苦楽を共にしてきた古参社員が改革に抵抗するケースは、経営者にとってビジネス上の課題であると同時に、深い人間的な悩みの種となり得ます。

長年の信頼関係があるからこそ、その抵抗は個人的な裏切りや失望として心に重くのしかかります。理性では組織全体の最適化や未来のために必要な変化だと理解していても、感情的には「なぜ分かってくれないのか」「一緒に乗り越えたいのに」といった複雑な思いが交錯します。このような状況下で、経営者はどのように自身の感情と向き合い、そして「許し」という選択肢をどのように捉え、実行していくのでしょうか。

本稿では、組織改革を巡る古参社員との確執を経験したある経営者の架空の体験談を通して、失われた信頼といかに向き合い、許しに至るプロセスがどのようなものであったかを探ります。

体験談:組織改革への反発が生んだ深い溝

中堅企業の経営者であるA氏は、デジタル化の遅れや硬直化した組織文化を刷新するため、大胆な組織改革に着手しました。新しい評価制度の導入、ペーパーレス化の推進、若手への権限委譲など、多岐にわたる施策を打ち出しました。多くの社員は変化を受け入れようと努力しましたが、一部の古参社員からの強い抵抗に直面しました。

中でも、創業から30年以上会社を支えてきたB氏の抵抗はA氏を深く苦しめました。B氏はかつてA氏が経営の相談もするほど信頼を置く存在でしたが、改革に対しては露骨に非協力的で、「昔のやり方で何が悪かったのか」「効率化と言いながら、かえって面倒になった」と公然と批判的な言動を繰り返しました。他の社員に対しても、改革の無意味さを説き、士気を下げるような言動が見られました。

当初、A氏はB氏の不安や懸念を丁寧に聞き出し、改革の意図やメリットを説明しようと試みました。しかし、B氏の態度は変わらず、むしろOB社員に接触して改革への不満を募らせるなど、組織内部に不協和音を生み出す動きを強めました。

A氏の心には、深い失望と怒りがこみ上げました。長年の貢献を考えれば安易に切り捨てることはできない。しかし、組織全体の未来を考えれば、この状況を放置するわけにはいかない。信頼していた人物からの裏切り行為は、ビジネス判断の難しさとは異なる、個人的な痛みを伴うものでした。理性では、B氏の行動は組織にとって有害であり、毅然とした対応が必要だと理解していました。しかし感情的には、かつての恩義や信頼が頭をよぎり、割り切れない思いに苛まれました。

この葛藤の中で、A氏は自身の内面と向き合い始めました。B氏への怒り、悲しみ、そして自己の無力感といった感情をまずは認めることから始めました。「裏切られた」「なぜ私がこんな思いをしなければならないのか」といった正直な感情を否定せず、そのまま受け止めました。

次に、B氏の行動の背景について冷静に分析を試みました。彼の抵抗は単なる意地悪ではなく、長年の経験や価値観が否定されることへの不安、変化への適応への恐れ、過去の成功体験への固執などが複雑に絡み合っているのではないか。相手の行動を正当化するわけではありませんが、その根底にある心理を理解しようと努めることは、自身の感情を整理する上で役立ちました。

A氏がたどり着いたのは、「許し」とは必ずしも相手の行動を容認したり、関係を修復したりすることではない、という考え方でした。それはむしろ、相手の行動によって自身の中に生まれたネガティブな感情(怒り、恨み、失望など)から自分自身を解放する行為である、という認識です。B氏の行動は許せない事実であったとしても、それに囚われ続け、自分の心を傷つけ続けることをやめる。それが許しの本質だと考えるようになりました。

組織の秩序維持のため、A氏はB氏に対しては、彼の役職や貢献を考慮しつつも、組織のルールに基づいた厳格な対応(例えば、配置転換や業務内容の見直し、それでも改善が見られない場合の措置など)を並行して進めました。これは理性的な経営判断であり、個人的な感情としての「許し」とは切り分けて考えました。ビジネス上の責任ある対応を取りながらも、心の内部ではB氏への怒りや恨みを少しずつ手放していくプロセスを進めたのです。時間はかかりましたが、B氏の行動そのものに対する評価は変えなくとも、それによって自身が受ける精神的なダメージを軽減し、過去の出来事に心を支配される状態から抜け出すことを目指しました。

許しがもたらしたもの:新たな視点と組織への影響

古参社員との確執を経て、A氏が得たものは小さくありませんでした。最も大きかったのは、感情的な負担からの解放です。常に心の片隅にあった怒りや失望が和らぎ、組織の課題や未来に集中できるようになりました。過去の出来事に囚われず、前向きなエネルギーを経営に注げるようになったことは、組織全体の雰囲気を変える上でも重要でした。

また、今回の経験を通して、A氏は人間関係の複雑さについて深く考える機会を得ました。人は皆、それぞれの背景や価値観を持っており、特に変化に対しては様々な反応があること、長年の貢献があるからこそ生まれる葛藤があることを痛感しました。これは、単にビジネスライクな関係性だけでは捉えきれない、組織における人間的な側面を理解する上で貴重な学びとなりました。

B氏との関係が完全に修復されたわけではありません。しかし、A氏はB氏個人の行動に対する感情的な囚われから解放されたことで、より冷静に組織全体を見渡せるようになりました。古参社員を含む多様な人材が共存できる組織文化をどのように築いていくか、変化への対応を促すためのコミュニケーションのあり方など、より建設的な視点で組織運営を考えることができるようになったのです。

許しは、相手のためではなく、他ならぬ自分のためにある。そして、許しは必ずしも赦し(相手の罪や過ちを問わないこと)や忘却を意味するものではない。この体験を通して得たこの理解は、A氏にとって、経営者としてだけでなく、一人の人間として成長する上で大きな糧となりました。

まとめ:自己解放としての許し

ビジネスの世界では、裏切りや不義理、期待の裏切りといった出来事に遭遇することは少なくありません。特に、長年の信頼関係があった相手から受けた傷は、感情的なダメージが大きく、理性だけでは割り切れない葛藤を生み出します。

今回ご紹介したような、組織改革における古参社員との確執というケースは、単なるビジネス上の対立を超え、人間関係における深い失望を伴います。このような状況で「許し」を考えることは、相手の行為を肯定することではなく、その行為によって生じた自身の怒りや恨み、失望といったネガティブな感情から、自分自身を解放するプロセスであると言えるでしょう。

許しに至る道筋は人それぞれ異なり、一朝一夕に成し遂げられるものではありません。自身の感情を正直に受け止め、相手の背景に思いを巡らせ、そして「自分のために」感情の囚われから抜け出すという意識的な選択が必要です。

困難な状況の中で許しを見出すことは、過去の出来事に心を支配されることなく、未来へ向かう力を取り戻すことに繋がります。それは、経営者として組織を導く上で、そして一人の人間として平穏な心で生きていく上で、計り知れない価値をもたらす可能性があるのです。